脚つきの碁盤を持ったとき、プロの実感が湧きました。
姉妹そろって二十代の女流棋士である万波佳奈さん・奈穂さん。歴史ある碁盤に刻まれた先達の勝負の軌跡を見るにつけ、
囲碁の奥深さと同時に木でできた碁盤が与えてくれる石を打ち込むときの心地よさを実感するのだとか。若いおふたりの囲碁とプライベートで木との関わりについて聞きました。
ともに5歳から囲碁を習い始め、姉の佳奈さんは17歳、妹の奈穂さんは20歳でプロの囲碁棋士デビューを果たした万波姉妹。さぞや囲碁の世界と縁の深い家庭環境で育ったのかと思いきや、ご両親は、囲碁の世界とは無縁の建築士さんなのだとか。
「祖父と父の趣味が囲碁で、私たちにも習い事の一つとして囲碁を進めてくれたのが囲碁を知ったきっかけで、その後は囲碁教室や師匠について勉強をしました。両親は建築士という仕事柄のためか日本建築や木が大好きで、とくに歴史ある木造建造物の多い奈良が大好き。私たちふたりの名前に入っている“奈”の字は、奈良にちなんでつけたそうです」(佳奈さん)
「わが家の旅行といえば子供のころから、奈良や金沢などの古都の建物や寺院、町並みの見学や、尾瀬などの自然を味わうものがほとんどでしたね。この間の家族旅行で平泉に行ったのですが、そのときも両親は中尊寺を夢中になって見ていました。その影響か、学校でも木工が得意で大好きでした。本棚や小箱なんかを嬉々として作っていました」(奈穂さん)
小学生の頃から、全国大会で優勝するなどして囲碁界からも将来を期待されていたおふたりですが、分厚い脚つきの碁盤を持ったのは、プロになってからのことでした。
「私はプロになったとき、師匠である大枝雄介九段が家で弟子を指導する際に使われていた碁盤をいただきました。使い込まれた碁盤は、盤面の線がかすれたり、石を強く打った跡が残っていたりと、先輩棋士が精進し勉強した歴史がこもっているようで、身が引き締まります」(奈穂さん)
「囲碁の碁盤は、宮崎・日向の本カヤが最上といわれています。厚みがあり、盤面の木目が直角になる“柾目盤”で色ツヤが美しい最高級品になると、軽く一千万円を超えるものも。ちなみに碁盤のマス目は、“太刀目盛り(たちめもり)”といって、日本刀のような形をした刃物を温めて黒漆をつけ、刃先を盤面に押し付けるようにして引くんですよ。盤面を触ると、線が微妙に盛り上がっているのがわかります。名人戦などでは歴史やいわれのある名盤を使いますが、やはり石を打ったときの音が違いますね。深く響くというのでしょうか。またいい碁盤は、石を打ったときの感触が優しいように思います。石を打った衝撃を盤面が吸収して包み込んでくれる感じ。強く打ちつけると盤面にはわずかにへこみ跡がつきますが、いい碁盤には柔らかい“返り”があって盛り上がり、また平らに戻るんです。地方で対局が行われるときなどは、本部からいい碁盤を送ることがあるのですが、そんなときは飛行機の気圧の変化で碁盤が傷まないように、碁盤師さんが付き添って手荷物扱いで客室に持ち込むことも」(佳奈さん)
「木は根を張って、葉を茂らせ、花を咲かせ、実をつける。人間はそういった自然界とリンクし、自然の恵みをいただいて生きています。水も自然の恵みのひとつです。店では、静岡から運んでくる井戸水と、伊豆の天然水を使っています。井戸水は安倍川の伏流水です。水は森林と密接な関係がある。森がきちんと育たないと、いい水、おいしい水になりません。
山を見て、川を見て、自然に触れて、不快に感じる人はいないでしょう?しかし、いつの間にか、大事なことを忘れてしまっていると思います。
私自身、閉ざされたマンションや満員電車の中といった自然がない環境では、ストレスを感じてしまいます。静岡で過ごした子どもの頃、川で鮎をとったり泳いだり、カブトムシをつかまえたり、自然の中での経験したことがからだにしみついている。だから自分の店は必然的に、自然のものに囲まれた空間となりました。ここにいると、人間は木の生命力の中で生きている、不思議な自然の力の中で生きている、と感じます。
人間も動物。自然に触れて生きるようにできているんです。それを忘れてはいけないと思います」
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財団法人 日本棋院所属のプロ棋士姉妹。兵庫県出身。
■佳奈 1983年生まれ。四段。第7、9期女流棋聖。2008年、第5回正官庄杯世界女史囲碁選手権日本代表選手として出場し、3連勝。日本棋院公式携帯サイト「碁バイルセンター」で「万波日記」を連載中。
■奈穂 1985年生まれ。二段。囲碁関連のイベントや企業、子ども向けの囲碁教室などで指導を行う。
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