木はあたたかく、面白く、居心地のよさを生み出す。
日本の食文化の代表格で、今や世界に知られる鮨。鮨屋といえば、古くから店の内装や外装、
道具に木がたくさん使われているというイメージがあります。
木づくりの戸を開け、のれんをくぐり、「日本橋 吉野鮨本店」5代目・吉野正敏さんにお聞きしました。
「うちの店は、以前は今の場所ではなく、近隣にあったんです。その当時は木づくりだったのですが、現在地に移転して、一時期、プラスチックやベークライトを使っていたことがありました。正直に言うと、味気なかったですよ。
約10年前に改装したのですが、当時は自然回帰や懐古趣味が盛んに言われていたこともあって、おやじと私の方針でカウンターもテーブルもすべて木にしました。やはり木は違う。あたたかみがあるんです。
カウンターはスギの一枚板です。ヒノキは確かにいいのですが、毎日みがく必要があるし、うちは鮨屋ですから、しょうゆがたれたり、酒がこぼれたりする。そうすると、気になりますよね。お膳を置くほどかしこまった店でもないし……。
だから、わざわざ節のある大きなスギを探して、塗りにしました。お客様は、ここに来ると落ち着くとおっしゃいます。
天井も、同じスギ材なんですよ。無駄なく使いました。ある日、パーンと音がして天井の板が割れたんです。空調でだんだん乾燥してきたんでしょうね。ああ、この木は生きているんだなあと実感しました」
「鮨を置くつけ台は、ヒノキの特注品やカウンターと同じスギ材のものなど、何種類か使い分けています。ひとつとして同じ模様のものがない。節がないものもきれいでいいけれど、節のあるものも絵になります。
この店で気に入っているもののひとつが4枚の格子扉なんですが、実は、この扉や柱は、以前使っていたものを削って再利用しました。きれいになりましたよ。傷がついたら磨いてまた使える、というのも木のよさですよね。
それから、テーブルの塗りがはげているところは、傷に見えないでしょう?むしろ味になっている。それも、木の魅力ではないでしょうか。 改めて店の中を見ると、木のものがいっぱいあるなあ。長押、看板、まな板、包丁の柄、ようじ……。自然のないところへ出かけると居心地が悪いのは、毎日、こうして木に囲まれた自然の中にいるからなんですね」
「最近は木をオブジェのように加工して現代風にした店も増えていますが、私は子どもの頃から自然なものがしみついているので、シンプルな木が好きです。
木の自然の色は、落ち着きますね。空間の雰囲気が明るく、やわらかくなる。その中にいると、とげとげした気分もほぐれて、やさしくなります。そして、同じ種類の木であっても、同じ色や模様のものはないから、面白い。人間と同じです。
木は自然のもの、そして人間も自然の中にいるものです。木に囲まれた店にいるのが当たり前の生活をしてきましたが、改めて木がどれほどお客様や私たちになじんでいるかを感じました。
木はいいですよ」
Owner
1967年東京都生まれ。明治12年創業、日本橋高島屋裏通りに店を構える「日本橋 吉野鮨本店」5代目。大学卒業後の22歳から家業である江戸前鮨の世界に入り、鮨は庶民の食べ物という姿勢を守り続けている。
●日本橋 吉野鮨本店
東京都中央区日本橋3-8-11
TEL 03-3274-3001
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