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読む 木のある暮らしと私

八尾の外塀

長崎浦子さん(東京都)


「八尾の郵便局の外塀はなかなかいいんだ。おもしろいから見に行こう。」と夫に言われ、越中八尾郵便局に行った。すぐに郵便局を取り囲む独特な塀が目に飛び込んできた。瓦屋根がついた白壁の塀。腰高より下は木の板になっており、人が休んでいけるように塀に沿ってベンチが続いている。「へえ、すごく素敵だね。」これが私の第一印象だった。

富山県八尾町は『おわら風の盆』で有名だ。『風の盆』は9月1日から3日にかけて行われる。農家には二百十日に当たり台風の最も多い時期だ。その大風をおさめ五穀豊穣を祈る踊りが『風の盆』である。長股引きに半纏を着た男と、着流しの女がともに菅笠をかぶり、ぼんぼりに照らされた夕闇の町を、哀調を帯びた三味線、胡弓の音につられ、夜の白むまで流し歩く。そして八尾の町は風の盆の雰囲気にあわせるかのように、しっとりとした石畳の通りに格子戸の家々が軒を並べる。 こんな八尾の町に件の郵便局はあった。以前は単なるスチールの塀だったが、周りの雰囲気に合わせ、このような風情のある塀にしたという。白壁の部分はポスターなども飾り、ちょっとしたアートギャラリーになることもある。腰壁に取り付けられた木のベンチも、瓦屋根と相まって、なんとも座りたくなる気持ちにさせる。お年寄りや観光客にはうれしい心遣いだ。「人にやさしい建物だなあ。八尾の人達の優しさが伝わってくる。」と思った。 私たちが八尾を訪れたのは8月中ころで、夕方になると格子戸を開けている家もあった。格子戸のもたらす開放性のせいか、通りで涼んでいるお年寄りにも親しみが湧き、ちょっと道を聞こうと声をかけたところ話がはずんでしまい、30分近くもしゃべってしまった。 この越中八尾の郵便局を訪ねてからもう5年近く経つ。その間も、重要伝統的建造物群である奈良県橿原市今井町の町並みや、埼玉県川越市の町並みなど、多くの木造の町並みを見てきた。そのたびに歴史的価値という学問的なものだけでなく、何かしらほっとする安らぎを感じてきたものだった。 私達は今、最近建った東京の鉄筋コンクリートのマンションに住んでいる。居住設備は良く、確かに快適な暮らしだ。でもふと、地面にしっかりと根を張ったような八尾の家が持つやさしさが欲しいと思うことがある。 八尾を思い出すたび、"人にやさしい建物"とは材料や設備などの機能だけでなく、私たち日本人が育んできた伝統を守り、来る者に安らぎを与える建物ではないかと思う。そして木こそが私たちの伝統を育んできた主役であり、やさしさを醸し出すことができると思う。これからこういった"人にやさしい建物"が、特に公共建築物でどんどん増え、思いやりのある町になっていってほしいと思う。