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読む 木づかいインタビュー

渡邉 英昭さん

海外で目にする美しい森林の風景と木を使う生活

日本でも木のある暮らしをもっと楽しみたい。
例えそれが南極であっても探検ではなく、あくまでラグジュアリーなライフスタイルをテーマに、 国内外をフィールドに活動し、日本の森林の撮影経験もある写真家の渡邉英昭氏。 自然が豊かで人々がいきいきと暮らす北欧を中心に、ファインダーの向こうに見える森林、 人々の生活と木との関わり方、日本の森林への思いをお聞きしました。

 渡邉 英昭さん
森は生活に密着している。緑の中でお茶や会話を楽しむ光景はよく目にする

植林で国が豊かになったデンマークでは、人々が木を大事にして長く使っています。

 渡邉 英昭さん
白夜とオーロラ、フィヨルドだけではなく、あちこちに豊かな自然が広がる


「14世紀のデンマークでは、家の材料となる木材が不足したために、新規に建ててはいけないという決まりができた時期があったそうです。これによって、人々は『木は大事なもの』という認識を新たにしたんです。木は木材として育つまでに50年以上もかかります。だから、彼らは100年は使える家や家具をつくろうと努力する。そして実際に、ずっと使い続けています。
 内村鑑三の『デンマルク国の話』に出てきますが、こんな逸話があります。19世紀、工兵士官ダルガスが、荒れ地だったユトランド半島にモミの木を植える事業を進めた。すると、木材を産み出すだけではなく、気候も変化した。また、防風林によって風砂がさえぎられ、農地や牧場として利用できるようになり、農業と畜産で豊かな国へと発展していった。農産物輸出大国デンマークのルーツといえるかもしれません。木を植えることで生活が劇的に変化したことを、現地の人々は忘れていない。木を大事にする国民性は、このような歴史と深く関係しているのだと思います」


ノルウェーでは多くの木製品に出合った。寒いからこそ、木の温もりを強く感じます。

 渡邉 英昭さん
内装、家具、食器までが木製の民家。木のある生活が根づいている


「ノルウェーはとても寒い国です。オスロでマイナス17度、内陸部でマイナス32度を経験しましたが、もっと寒くなるところもある。この国では、家の窓枠はもともと木製だったのですが、今はアルミサッシにすることもあるようです。“本当は木のほうが冷えなくていい”と現地の人が言っていたのが印象的です。厳寒の中で、木の温もりは日本人が想像する以上にありがたいものなのだろうと思います。
 ノルウェーには、木造の家や家具のほか、粉をこねるボウル、バターナイフ、カップなど、木製の調理器具や食器もたくさんありました。見るだけでも楽しいですよ。間伐材も、チップや薪、民芸品などいろいろ利用されています。チップを地面にまく光景にも出合いましたが、これは凍結やぬかるみの対策なのでしょう」



泊まった家は文化財でした。使い続けることで、木を大切にする心も次代へ伝えていく。

 渡邉 英昭さん
12~14世紀に建てられた木造のスターヴ式教会は、現在00棟が残っている
 渡邉 英昭さん
カラフルな木造倉庫や木造建物が目を引くベルゲンのブリッゲン地区
 渡邉 英昭さん
文化財に指定されている農家は14~19世紀の建物。今も普通に使われている


「ノルウェーにベルゲンという都市があります。木造の倉庫や建物が並ぶブリッゲン地区がユネスコ世界遺産に登録されているので、ご存じの方も多いと思います。14~17世紀にハンザ同盟の重要な拠点として栄えた港街で、何度も火災に遭いながら、復元を繰り返して、中世の街並みを今に伝えている。建物は現在でもみやげ物屋やレストランなどとして利用されていて、一般の生活に溶け込んでいます。
 僕が泊めてもらったテレマルク県の農家は、14~19世紀の木造建築で、全国ノルウェー歴史文化財保護協会から指定された文化財でした。家具も古いものをそのままずっと使い続けている。使わないと、使い方が伝承されないからだと聞きました。普通の人が普通に使っていく中で、木を大切にする心も後世へ伝えられていくのだと思いますね」



使ってみると、木のよさを実感する。
ふだんの生活にもっと木を採り入れたいですね。

 渡邉 英昭さん


「ノルウェーでは、自然には何もしない、という考え方か根底にあります。一旦自然に手を入れたら、最後まできちんと手をかけ、循環させることが大事なのではないでしょうか。ファインダー越しに見ても、手入れされた森林の姿は本当に美しい。日本にもそんな森林はたくさんあります。健全な森があってこそ、川や海も守られる。そのためには、僕らが生活の中で国産の木を使うことが一番の方法だと思います。
 しかし、日本ではエコロジーというと、一生懸命に何かをすることになってしまいがちです。森林を守ることを旗印に掲げて必死になるより、“美しい森の姿をずっと見ていたいから”“この木の色が好きだから”“温かい感じがするから”“触り心地がいいから”木材や木の製品を使う、というくらいに、肩の力を抜いたほうがいいのではないでしょうか。木に対して素直になればいい。そうすれば、自然なこととして生活の中に国産材が増えていくと思います。
 日本にも、国産材を使った製品がたくさんあります。ふだんの生活の中に採り入れて、木のある暮らしをもっと楽しみたいですね」



渡邉 英昭さん

Photographer


写真家
渡邉 英昭
Eisho Watanabe

1947年埼玉県生まれ。フリーの写真家として、各種広告写真や、北欧およびヨーロッパの自然・生活・文化など幅広く撮影している。'93年「ニューヨークADC」入選、'96年「ニューヨークシティーフェスティバル」入選。'00~'02年日本ディスプレイデザイン協会特別賞・奨励賞、「年鑑 日本の広告写真2002」優秀賞(最高賞)、'05年日本産業広告総合展企業カタログの部銅賞受賞