くすのきけいた(東京都)
1歳半になった娘を風呂に入れるとき、洗い場では木製の風呂用椅子に座らせているのだが、これが実に具合がいい。 その前はバスマットにペタンと直に座らせていたので、腰から下を洗ってやるときには立たせなければならなかった。しかし、椅子に座っている状態なら、そのままで足を洗ってやることができる。上半身も椅子の高さの分だけ位置が高くなっていて、マットに座っているときと比べればほんのわずかな差だが、その分だけ、こちらが腰を曲げなくて済むので楽になった。
それと木の肌触りがいいためだろうか、暴れ盛りの娘がちょこんとおとなしく座ってくれているので助かる。ためしに自分でも座ってみたが、いつも使っている大人用のプラスチックの椅子とちがって、座った最初から冷たさをまったく感じない。熱さや冷たさといった皮膚感覚には敏感なはずの赤ん坊が全然嫌がらないわけがわかった。 この椅子はもう20年ほど前に、ある忘年会のくじ引きで、やはり木製の湯掻き棒と一緒に当たったものだ。湯掻き棒は8年前に結婚して夫婦2人の生活を始めたときから使っているが、椅子の方はたまに踏み台にするくらいで(本当はいけない使い方らしい)、部屋の隅に置きっぱなしにしていた。最近は娘に手を洗わせるときの踏み台にちょうどいいので、洗面所が定位置になっていたのだが、先日、思い立って娘の風呂用にと、ようやく本来の使い方をし始めたわけだ。 使い始めて驚いたことがひとつ。椅子に座っている娘にざあざあと湯をかけて石鹸を洗い流していたら、それと気づく間もなく風呂場に木の良い匂いがたちこめていた。それまではまったく匂いなどしなかったのに、湯がかかった瞬間にいきなり匂い立ったらしい。 もらったときに付いていた説明書きに樹種はサワラだと書いてあったのを覚えているが、その樹種特有の匂いなのだろうか、甘くてなんとも良い心持ちになる。木製浴槽の温泉にでもつかっているような、ちょっぴり贅沢な気分が味わえて入浴の楽しみが増えた。後に入った妻も「いい匂いねえ」と感心していたし、翌朝になってもほのかな匂いが漂っていて、この椅子ひとつで風呂場のグレードが一段上がったように思える。 しかし、部屋に置いていたときにはまったく木の匂いなどしなかったのに(もらった当初はしたのかもしれないが)、湯をかけただけで、どこにしまいこんでいたのか、まるで眠りから覚めたように匂いを発しはじめるのだから恐れ入る。よく「木は生きている」と聞くが、なるほどそうかと納得した。目を凝らしてみると座板は正目で細かい木目がびっしりと詰まっている。あの木目の奥から漂い出す匂いを当分は楽しめることだろう。
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